再生産数から理解する新型コロナウイルスの感染拡大とその防止

「再生産数」から見る感染拡大とその防止のロジック

 新型コロナウイルスの感染拡大とその防止対策については、様々な情報が発信されています。ただ、なぜ感染は拡大するのか、なぜその対策が効果的なのか、というロジックについては省略されて発信されることが少なくありません。感覚的には当たり前だと思っていることでも(結局のところ結論は同じであっても)、そのロジックを少しでも理解することで、より納得感を得てその対策の重要性を感じることができますし、行動変容の意味付け、動機付けが増すのではないかと思います。ここでは、新型コロナウイルスの感染拡大のメカニズムを簡略的に理解しながらその防止策について改めて考えてみたいと思います。

 

 ウイルスの感染拡大とその防止を考えるうえで「再生産数」という重要な指標があります。再生産数とは、一人の感染者が感染力を持つ期間に他の人にうつす2次感染の人数を示します。なお、再生産数には「基本再生産数」と「実効再生産数」というものがあります。基本再生産数とは、何も対策をしていない、誰も免疫を持っていない状況での基本的に変動しない再生産数のことで、そのウイルスの元々の感染力を意味します。一方、実効再生産数とは、感染防止の対策をしたり、免疫を持っている人が増えている状況で日々変動する再生産数のことで、現在の実態における感染力を意味します。新型コロナウイルスでは、基本再生産数は1.4~2.5人と推定されています(WHOの推定値)。ちなみに他のウイルスの基本再生産数は、インフルエンザで1~2人、風疹で6~7人、おたふく風邪で11~14人とされています。基本再生産数も実効再生産数も、数値を計算するには微分方程式による難しい数学を解いて推定しなければいけません。ここで扱います再生産数は、変動する実効再生産数を対象として、難しい数学の理論は省略してイメージでシンプルに説明していきたいと思います。

 

 再生産数は、数が例えば「2人」だとすると、一人の感染者が2人にうつし、そのうつされた2人はそれぞれまた2人にうつす、というように感染者が1人→2人→4人→8人→16人というように倍々で指数関数的に増加していきます。そのため新規感染者数があっという間に2倍になる、4倍になるというように、いつの間にか感染者が爆発していきます。一方、この再生産数が「1人」だと、新規感染者数が増えも減りもしない状態ということになります。この再生産数が「1人未満」になると新規感染者数は減少していくということになり、より0人に近づけばそれだけ早く収束していくことになります。つまり、新型コロナウイルスの収束には、この再生産数を1未満にして新規感染者数を減少させなければならず、より早く収束させるためにはこの数を0人に近づけなければいけません。ではどのようにすればこの再生産数を下げられるのか、それを考えるために、この再生産数を式展開したいと思います。

 

 「再生産数」は、先述した通り「一人の感染者が感染力を持つ期間に他の人にうつす2次感染の人数」ですが、これを式展開すると、「感染者が感染力を持つ期間」×「感染者が1日当たりに感染させる人数」ということになります。さらにこの中の「感染者が1日当たりに感染させる人数」を式展開すると、「感染者が1日当たりに接触する人数」×「感染者が1人の接触で感染させる確率」ということになります。つまり、「再生産数」=「感染者が感染力を持つ期間」×「感染者が1日当たりに接触する人数」×「感染者が1人の接触で感染させる確率」ということになります。したがって再生産数を減少させるには、①感染者が感染力を持つ期間、②感染者が1日当たりに接触する人数、③感染者が1人の接触で感染させる確率を減少させればよいということになります。以下にそれぞれの対策について考えていきます。


 

再生産数の式展開と構成要素から考える新型コロナウイルスの感染拡大の防止策

 

 

 

①感染者が感染力を持つ期間を短くする

 感染者が感染力を持つ期間とは、つまりは感染者が隔離されるまでの期間です。感染から完全に隔離されるまでのおおまかなプロセスは、感染→潜伏期間→発症期間→検査→隔離、となりますが、新型コロナウイルスについては、潜伏期間で感染するのかどうかはまだ明らかになっていませんし、無症状の感染者もいるということなので、この「感染者が感染力を持つ期間」というのは、感染してから検査を経て隔離されるまでの期間と考えることにします。これを短くするというのは、つまり検査で早く感染者を見つけて早く隔離することで実現できます。
 これで感染拡大の抑え込みに成功したのは韓国です。韓国はPCR検査を大量に実施し、片っ端から感染者を隔離していくことでこの期間を短くできました。そのため最初はこの方法によって大量の感染者数が発表されることになりましたが、韓国は外出制限もすることなく新規感染者数の抑え込みができました。さらに韓国は4月15日に総選挙が実施され、その選挙活動はまさに密な状況が多発していましたが、それでも総選挙後一週間の新規感染者数の平均は16人ほどになっています。
 ただし、大量に検査を実施することは、感染者の受入体制がしっかり整っていないと医療崩壊を招きかねないので、注意が必要です。

 

②感染者が1日当たりに接触する人数を減らす

 政府が感染拡大防止のために接触を8割減らす行動変容を呼び掛けているのはこれに該当します。不要不急の外出を避けてできる限り家にいることです。これが再生産数に与える影響は大きく、もし接触を8割削減できれば、新型コロナウイルスの再生産数が2.5人だとすると、これが2.5×0.2=0.5となります。一方7割減の場合では再生産数は0.75、6割減の場合では再生産数は1.0になります。8割減も7割減も接触人数は大して変わらないだろうと思いがちですが、これが再生産数に換算すると8割と7割では全く意味が異なりますし、6割減では再生産数が1で新規感染者数は減らないことになります。先述したように、新規感染者数は再生産数の指数関数的に増加・減少していくものなので、再生産数が8割減の0.5と7割減の0.75では感染拡大防止に与える影響の大きさは格段に変わり、それはそのまま収束までの期間に関わっていきます。つまり、接触人数の削減割合自体は小さな差でも感染収束には大きな効果になってはね返ってきます。政府が「8割」にこだわる理由はここにあります。なお再生産数の値をそれぞれ仮定したときの収束の予測については、政府の専門家会議のメンバーでもある北海道大学の西浦教授がシミュレーション結果を示しています。
 常に家にいれば接触人数は10割減の0人になりますが、食料品の買い物など必要な外出もあるので、それだけに留めれば8割減は実現できるかと思います。ただ、医療従事者やスーパーのスタッフ、荷物の配達員、消防救急隊、警察など、キーワーカーと呼ばれるライフラインを維持するために必要な職種の方は接触の8割減はできません。この「接触8割減」は全体の平均で実現すべき目標なので、可能な人はとにかく家にいて接触を8割以上、9割以上に減らすことを心がければ、こうしたキーワーカーの方々の分を補うことができます。つまり自分がただ家にこもるだけでキーワーカーの方々の応援やお手伝いができているということです。とても簡単にできる応援の方法です。

 

③感染者が1人の接触で感染させる確率を減少させる

 最後に、感染者が1人の接触で感染させる確率を減少させる対策ですが、これは例えばマスク等を着用することや消毒液を手につけることなどでその確率を減少させることができます。新型コロナウイルスの感染経路は飛沫感染と接触感染と言われていますが、例えば感染者がマスクをしていれば直接的な飛沫感染は防げますし、こまめに手をアルコール消毒していれば接触感染も防げます。
 ただし、これで万能というわけではなく、飲食時にはマスクも外しますし、感染者がうっかり手を消毒する前に触ってしまったり、手を消毒してもその後に無意識に鼻をこするなどしてその手で触ってしまうということもあります。こうした対策は感染確率を抑制する効果はありますが、ウイルスは目に見えないものですし、これが万能と過信しないように注意をすることが必要です。

 


 このように感染拡大のメカニズムを「再生産数」の式展開による各構成要素から考えれば、感染拡大を防止するためにどのような対策に意味があるのか、冷静に理解して納得することができます。ただし上記の説明は、あくまでも分かりやすく理解を得ることを目的としたものなので、厳密な疫学理論は割愛した簡略的な説明となっています。このような説明をしなくてもそんなこと当たり前でしょということになるかもしれませんが、こうした理解が感染拡大防止のための行動変容の意味付け、動機付けには重要ではないかと思い、情報や数字を扱う会社として弊社からこのような解説をこの度させていただきました。

 

 

新型コロナウイルスで思うデータ分析という科学

 弊社ではデータ分析に関するコンサルティングサービスを提供していますが、今回の新型コロナウイルスの事態に関しては、特に感染拡大の予測において、データ分析があまり有効に働かないことを実感しています。特にビッグデータにAIを適用した分析アプローチはこのような事態ではなかなか難しいといえます。データ分析とは、過去に観測された情報を元に、その過去の傾向を把握する、あるいはその傾向を未来にあてはめて未来を予測するという手段です。新型コロナウイルスは100年前のスペイン風邪以来のパンデミックで、特に当時とは人の移動において経済活動が大きく異なるため、そもそも参考になる過去のデータがなく、データ分析による感染者の予測などはできません。また例えば、先に感染が拡大して今は収束傾向にある他国の感染データを分析して自国に当てはめて感染者を予測するということも、国によって人の移動の仕方、生活の仕方、経済活動の仕方が異なるので、条件が合わずこれも困難です。経済界では新型コロナウイルスでどれほどの経済の落ち込みになるのかという見通しを、2008年のリーマンショックと比較して分析されることもありますが、これも条件が異なるので正しい分析はできません。
 こうした過去にない事象に対して未来を見通したいときは、データに基づくよりも、理論や原理に基づいた推定が効果を発揮すると思います。データに基づく分析は「帰納的手段」、理論や原理に基づく分析は「演繹的手段」といえます。今回の新型コロナウイルスの収束時期の予測についても、疫学理論に基づいて各パラメータの条件を仮定したシミュレーションが実行されています。科学領域では、①実験科学→②理論科学→③シミュレーション科学→④データ中心科学という4つのパラダイムシフトが存在したと言われており、現在のビッグデータから知識を得る枠組みは第4のパラダイムとして位置づけられています。この4つのパラダイムは①帰納→②演繹→③演繹→④帰納という変遷としても見ることができます。このパラダイムシフトは過去のパラダイムが次のパラダイムに完全に置き換わるというものではなく、時代によって利用可能な科学的手段が増えていったと見方をするべきです。今回の新型コロナウイルスのように未経験の事態でデータがないときは、シミュレーション科学の利用が有効となります。もちろんこのような事態のなかで地道にデータを集め蓄積し、リアルタイムで現状把握の分析をしたり、今後の感染対策の教訓に活かすことは意義がありますので、データを収集する行為の重要性やデータが持つ価値は変わりません。つまり、そのときの課題の状況や条件に応じてそれぞれの科学的手段を適切に使い分ける、あるいは組み合わせるということが重要であると、今回の新型コロナウイルスの問題で改めて感じたところです。

 

 

2020年4月23日  株式会社アナリティクスデザインラボ 代表取締役 野守耕爾

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